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12月ギャラリー開設

Posted by 関東支部写真同好会幹事 on 02.2014 ギャラリー 3 comments
恵寿友会関東支部
写真同好会各位

12月ギャラリーを開設します。

第一弾:撮影者:山本 保晴 10点
第二弾:撮影者:中久保 正弘


第一弾は山本さんの小石川植物園での「光と影」の素晴らしい作品が寄稿されましたので掲載します。

小石川植物園1.池 銀杏映り込み 小石川植物園2
小石川植物園ー1 (銀杏映り込み)                  小石川植物園ー2
小石川植物園3         小石川植物園4
小石川植物園ー3                 小石川植物園ー4
小石川植物園5 小石川植物園6
小石川植物園ー5                   小石川植物園ー6
小石川植物園7 小石川植物園8
小石川植物園―7             小石川植物園ー8
小石川植物園9 小石川植物園10
小石川植物園ー9                  小石川植物園ー10

「第一弾:撮影者:山本 保晴 10点 終わり」


第二弾:撮影者:中久保 正弘 9点

中久保さんから11月8日~17日まで「オランダ・ベルギー・ルクセンブルグ・ドイツ・4か国
10日間の旅」をした時のスナップ写真を寄稿されましたので掲載します。
旅の日記も添付しますのでご覧ください。

お城と教会と旧市街と「黄葉」そして背の高い女性を見上げる素晴らしい旅でした。
写真の注釈は後日になりますが取り敢えず番号のみです。


s-PB100629.jpg s-PB120775.jpg
旅のー1                    旅のー2
s-PB130901.jpg s-PB130908.jpg
旅のー3                    旅のー4
s-PB151127.jpg s-PB151158.jpg
旅のー5                    旅のー6
s-PB151163.jpg ドイツ市街を闊歩する女性たち
旅のー7                    旅のー8
古いねオードリーとジエームスデイーン 
旅のー9

旅行記

オランダ・ベルギー・ルクセンブルグ・ドイツ4ケ国周遊10日間

1日目 118日(土)

   定刻12:25に成田国際空港を離陸したJL-0407は空路フランクフルトへ向かう。定刻16:40着(時差はマイナス8時間)航続距離9,540㎞ 飛行時間12時間15分。飛行は揺れもなく快適であった。焼けが綺麗だった。外気温18度。

   機中にて映画を2本観る。一本は「猿の惑星」で観た理由は今まで一回も観たことがなかったから。内容よりもような映画が出来たものだと特殊撮影技術に驚く。2本目は「6歳の僕が、大人になるまで」で6才の少年の⒓年間の成長・変化を追い求めた映画でキャストは全員が同じ人物とのこと。第64回ベルリン銀熊賞を受賞した作品。両親の離婚や再婚、子供たちの反抗や学校でのイザコザ、娘への性教育などなど多分現在のアメリカの実情なのではなかろうかと考えさせられた。おそらく日本でも評判になるのでは?

   フランクフルト(FRANKFURT)空港はヨーロッパでは3大空港の一つであるが土曜日の夕方にも拘らず羽田や成田ほどの賑わいはなかった。エボラ水際作戦を行っていたのかどうかは分からなかった。

   このツアーの参加者は夫婦918人。大型バスにて4車線のアウトバーンで95㎞離れた若干田舎のルードビイスハーフェンへ。バスの100㎞以上とおぼしきスピードをゆうに超えていると思うが、左側の追い越し車線にはこの大型バスをゆうゆうと追い越す乗用車の群れ。

 

2日目 11月9日(日)晴 

HOTEL08:00に出発してネッカー渓谷の小さな町や村を超えて約20KMのハイデルベルク(HEIDELBERG)へ

バスを降りるとそこが旧市街の入り口であった。今日は日曜日のため店の殆ど全てが閉まっており人通りもほとんどない。石畳の道を歩くこと15分でネッカー河にかかるカール・テオドール橋(KARL-THEODOR-BRUCK)に出た。橋の上からネッカー川の流れ、ハイデルベルグの古い町並みそして丘の上にはハイデルベルク城が朝靄の中にそびえ立っており古城のたたずまいそのものであった。またサキソフォン発祥の地とのことで橋の欄干には数メートルの高さのサキソフォンの飾りが見事であった。

その昔、ゲーテやショパンなどが訪れ心の安らぎを覚えた街とのこと。

ハイデルベルグは古くから学生の町として知られておりドイツで一番古く優秀なハイデルベルク大学がある。学舎の周りを歩きながら「落書きだらけの学生牢」を外から眺める。

9:30にハイデルベルクからバスで約250KM離れたルクセンブルグ(LUXEMBOURG)に向かう。アウトバーンの両脇の山々は紅葉ならぬ黄葉しており今が見ごろであった。

ルクセンブルグ大公国はベルギー・フランス・ドイツに囲まれ広さは神奈川県とほぼ同じくらいの小さな国である。歴史的には周囲、特にドイツからの侵略などに備えるために断崖絶壁などを活用した城壁をもつ。現在はヨーロッパにおける金融業のセンターである。

大公宮では近衛兵が常時守衛しておりアンリ大公の執務室兼迎賓館である。その後ノートルダム寺院を見学しバスで220KM離れたブリュッセルに向かった。ハイウエーの周りにはあちらこちらに風力発電の風車が林立している。

夕暮れ時にブリュッセル(BRUXELLES)に到着し市街地を散策したのち夕食。ロワイヤル広場の一角のレストランで食事の内容は「なんとドンブリいっぱい!のムール貝」で満腹となった。

ベルギーはビール王国と言われており国全体で100を超える醸造元があり、450を超える種類のビールがあるとのこと。今夕はアルコール度の高いビールと白ワインを飲んだ。

 

3日目 1110日(月)晴 

09:00バスにて約95KM先のアルデンヌ地方デイナン(DINANT)へ。デイナンはムーズ川が造った断崖の下に開けた「絵のような街」と言われている。

ムーズ川を越えるとノートルダム教会の前に出る。メインストリートを散策しながら固い固いクッキーを食べCOFFEEを飲む。

デユルビユイへ(DURBUY)の途中で小高い丘の上にあるベーブ城(に立ち寄る。いわくこの城でも6,000万円くらいで購入できるが調度品や内装を変えたりすると1,000万円もかかりその後の維持費も桁違いとなる。お城の転売は良くある話だとのこと。

デュルビイは「世界で一番小さな町」とも言われており、標高は400Mであるので夏は涼しく多くのリゾート客が訪れる。石畳、石造りの家々、色とりどりの花など絵本から抜け出したような町並み。今日は月曜日にもかかわらず天候にも恵まれ観光客が狭い道を賑やかに散策していた。日本の皇太子夫妻が食事した当時三ツ星のレストランは今ではサービスの質が落ちて一つ星になったとか。

その後115KMドライブしてブリュッセルに帰りHOTELで夕食。一緒した方は昭和11年と13年の夫妻でGOLFは年100回と40回を超えるとのこと。酒もよく飲むが夫婦とも元気・元気。見習いたいものだ。

65チャンネルもあるTVの中でNHK海外放送をみた。APECでの安倍首相の緊張した顔と周近平首相の無表情での握手を見た。更に株価が17,000円台に大幅値上がりとか。帰国して新聞を見るのが楽しみだ。

 

4日目 1111日(火)快晴 

今朝はノンビリと9:30に出発しバスで街の中心地グラン・パレス(GRAND PLACE)に向かう。今日は第一次大戦終結の日とかで休みだそうだ。石畳の景観を指してビクトル・ユゴーが「世界で最も美しい広場である」と形容したとのこと。15世紀に建てられたブリュツセル市庁舎には96mの尖塔があり広場のシンボルとしてそびえ立っている。いずれにしても街の中心地的存在である。

グランプラザより徒歩数分のところにかの有名な小便小僧(MANNEKENPIS)がある。1619年に制作され、名前の由来としてはブリュッセルが敵軍に包囲され火薬の導火線に火をつけられた時にオシッコをかけて消化し、味方を勝利に導いたとか諸説があるそうだが大人気の観光スポットである。

王宮には国王が国内にいる時には国旗が掲揚されるとのこと。現在は迎賓館として使われている。

午後には「フランダースの犬」(A  DOG OF FLANDERS)の舞台となったブリュッセルから45kmほど離れたベルギー第2の都市アントワープを訪れ,聖パウルス教会、ルーベンスの家を訪れた。「フランダースの犬」の題名が分からなかったので電子辞書の「世界文学300作品」で調べたら(A DOG OF FLANDERS)と英語であった。英語の作品をバスの中で読み始めたが眠くなってしまった。いずれにしても「電子辞書」は海外旅行にも必携だ。

聖パウルス教会は13世紀に築かれたが度重なる火災のため現在は17世紀建造の教会のみが残っている。壁画や祭壇や彫刻などなど驚きの連続であった。

ルーベンスの家は画家としての才能のみならず、外交官としても活躍したルーベンスが1610年から5ケ年かけて築いたアトリエ兼住居で数多くの作品が展示されていた。

 

5日目 1112日(水)快晴 

08:00 バスで約100㎞先のブルージュへ。

ブルージュ(BRUGGE)とは「橋」の意味で町を縦横に流れる運河には、50以上の橋が架かっている。そして「風光と鐘とによって人々を育てる都市」とのことだ。

世界遺産であるブルージュの中心はマルクト広場で四方に魅力ある建物があり、ヨーロッパでは5指に入る美しい広場である。

ベギン会修道院にはベネジクト派の修道女22人が暮らしている。オードリ・ヘップバーンによる映画「尼僧物語」の舞台であり、美智子皇后陛下も訪れた。実にひっそりとしたたたずまいである。

「愛の湖公園」の昔の運河に浮かぶ白鳥はまさに一枚の絵のようであった。

市内はヨーロッパ車が所せましと走り道路上にはギッシリと駐車している。

横断歩道で走るのは「ドロボー」と「日本人」だけだそうだ。何事もユックリとノンビリと動いている。

小学校では50点以下は留年する。日本と違って学校で教わるのは音楽などはなく実用本位であり、かつ仏・英語などの第二・第三の外国語が必須でマルチリンガルであることが求められる。

ブルージュの後は55㎞離れたゲント(GENT)へ向かった。ゲントは中世以来ブルージュのライバルとみなされている。中央市場にある鐘楼は町のシンボル的存在である。その隣には市庁舎(STADHULS)がある。

広場からコーレンレイ(KORENLEI)が並んでいる。コーレンレイは番地に従って船員組合のギルド、元ビール醸造所、税関などなどが並んでいる。.

聖バーフ大聖堂(ST.BAAFSKATHEDDRAAL)は12世紀に建設が始まり、16世紀に完成した。中に入るとパイプオルガンが演奏されており荘厳な雰囲気であった。多くの絵画があったが中でも10年かけて完成した「神秘の小羊」は有名である。

オランダの離婚率は世界一であり16歳から喫煙が許されている。ホモやレズなども世間的に認められている。ホモを表す虹の旗が窓にひらめいていた。ビックリして写真を撮るのを忘れてしまった。残念なり。

アムステルダムでは「飾り窓」が有名であるが治安・風紀も悪く団体旅行では見物していない。個人旅行で見物に行くのであれば治安の悪さを認識し、写真撮影は厳禁とのこと。

男女共に身長は高く見上げるようである.記憶が正しければ大人の男性の平均身長は184cm、女性は172cmとのこと。びっくりするほど背が高く彼等が愛用している自転車は日本人には足が届きそうにない。日本人と比べるとまるで大人と子供だ。

今日の水曜日は高校・大学は午前中だけの授業で午後は休みだそうだ。街のあちこちでハンバーガーなどを食べている自由奔放に見える多くの学生がいた。「歩きながら煙草」が多く吸殻があちらこちらに捨てられていた。吸殻ポイ捨て禁止の東京の街は誇っても良い。

16:30にバスで220㎞離れたアムステルダム(AMSTERDAM)に向かった

 

6日目 1113日(木)大快晴 

9:00 バスにてフェルメール(HET VERMEER)の故郷デルフト(DELFT)観光に向かった。デルフトはオランダ建国の祖で、1584年㋆10日の独立達成を目前にして刺客の手に倒れたオレニア公ウイレム一世(沈黙王と言われた)が住んだ所である。

途中添乗員からヨーロッパの国民評につぃて面白い話しがあった。フランス人は「ムッツリスケベーでネクラ」。イギリス人は「イジワル」、ドイツ人は「几帳面で融通が利かない」。イタリア人は「女好き」。ギリシャ人は「ダラシナイ」。ベルギー人は「バカ」そしてオランダ人は「ケチで合理主義者で貪欲」だとのこと。

アハハ!!!!。お互いにこのようなジョークが言える国々が羨ましい。日本と韓国と中国がお互いにジョークが言えるようになることができるのだろうか?と考えてしまった。

オランダには24時間営業のコンビニはひとつもないとのこと。理由は高福祉をモットーとする国の方針に反するからだとのこと。

中央市場には魚・肉・果物・花・洋服などなどが威勢のいい掛け声で活気にあふれていた。威勢の良い呼び込みの声(意味はわからなかったが)を録画した。

デルフトで生まれデルフトで生涯をすごしたフエルメールも所属したデルフトの画廊ギルドがあった場所に20074月にフエルメールセンターがオープンしフエルメールが生涯に画いた37作品がパネルで表示されている。「真珠の耳飾りの少女」はあまりにも有名。

旧市街や新教会を見物のあとデルフト陶器工場を見学した。17世紀に東インド会社の舟で運ばれた中国・明時代の陶磁器から発展して現在のデルフトブルーの染付技術を開発した。絵師の作業や歴史や製造過程を見学した後素晴らしい作品を見学した。

バスの中から「アンネフランクの家」を見た。

COFFE SHOPの看板を時々みたがこれは日本のようにコーヒーを飲むところではなくてマリファナなどを吸うところだそうだ。「安楽死」や「同性愛」など日本の常識では考えられないような「自由」(と言えるかどうかわからないが)な一面もある国だとのこと。

バスでアムステルダムに帰り世界遺産アムステルダム運河クルーズ(約1時間)を楽しんだ。舟の天井が当たりそうな橋の下を幾つもくぐりながら英語・中国語・日本語のガイド付きのクルージングを楽しんだ。BOAT PEOPLEの家(船?)は結構カッコ良かった。オランダでは昼間はカーテンを開け放った家が多いのは家の中がいつも整頓されていることを見せているのだそうだ。

下船した中央駅前は電車・バス・乗用車・スクーター・オートバイ・自転車そして人人人・・・・がひしめき合っていた。渋谷のスクランブル交差点に電車・バス・自転車等々がひしめいたらどうなるかを想像した。

 

7日目 1114日(金)曇、夕食後小雨 

09:00バスにて20㎞先のザーンセ・スカンス(ZAANSE SCHANS)へ。ザーンセ・スカンスは風車の村として知られておる。風車群を見て回る前に入口にある木靴の製造・販売所に立ち寄り、木靴製作の実演を見学する。

風車の高さは普通の家の3~4階建てくらいもある。現在は殆ど使われていないが風車は第一に「粉ひき」用であり、第二には排水用として国造りのために使われた。風車を目の当たりに観て「オランダに来たんだ」との実感があった。

その後ハーグ(DEN HAAG)にて今年の6月に再オープンしたマウリッツハウス王立美術館(KONINKLIJK KABINET VAN SCHILDERIJEN MAURITSHUIS)を訪れフェルメールの「真珠の耳飾りの.少女」やレンブラントの「テユルブ博士の解剖学講義」などなど多くの有名な絵を鑑賞した。美術館は大規模な改修工事後の再開であっただけに多くの来訪者でごったがえしていた。

アムステルダムに引き返してアムステルダム国立美術館(RIJKSMUSEUM AMSTERDAM)を見学。同美術館は1885年に開館し世界屈指の中世の絵画を傑作を収蔵している。フェルメールの「牛乳を注ぐ女」や「手紙を読む青衣の女」、レンブラントの「夜警」などなどの作品を見て回った。2013年に大改修工事が終えたばかりでここも見物客でごったがえしていた。

その後ダイヤモンド工場を見学し研磨などの実演を見た。15%割引して750万円するダイヤモンドを見せられたが購入する人は居なかったようだ。

東京都は都内の自転車道路を拡充する計画のようだが、自転車天国のアムステルダムの自転車専用道路は自動車と並列する自転車道の幅は1.5m位で自転車専用道路の幅は3m前後と推測された。日本でもこの位の幅の道幅があれば自転車専用道路をつくる価値が十分にあるだろうと思った。

ひと昔前までは外国旅行した時に日本の情報は英字新聞かTVで情報を得るしかなく日本の情報は殆ど得られなかったが今ではインターネットのおかげで瞬時に情報が得られる。日本ではあまり感じないが外国で日本の情報を即座に得られるのはありがたい。便利な世の中になったものだ。APECでの3年ぶりの日中首脳会談、ビックリしたのは韓国朴大統領の「日中韓首脳会談の開催を希望する」との発言、朝日新聞の木村社長の引責辞任と後任役員の発表そして株高と更なる円安等々帰国してから新聞を読むのが楽しみだ。

 

8日目 1115日(土)曇夕方に小雨 

昨夜から降り続いた.雨も08:15にバスでアムステルダムのオッテルローに向かう時には止み、曇空のもと80㎞先のオッテルローのクレラー・ミュラー美術館(KROLLER=MULLER MUSEUM)に9:45に到着。

同美術館はクレラー夫妻が寄贈した広大(縦15km・横8㎞)な敷地に建てられた美術館で、世界的に知られるようになった理由は数多くのゴッホのコレクションがあるからだ。「アルルのハネ橋」「ひまわり」「郵便配達夫」「自画像」などなどが展示されていた。ゴッホの個性的な絵画や神経を患ってから耳を切り落とし拳銃自殺するまでの作品の変遷がハッキリと見て取れた。

美術館の周りの美しい庭園は屋外彫刻展示場(BEELDENTUIN)は25ヘクタールもあり160点もの作品が展示されており、箱根の「彫刻の森美術館」はこの美術館を真似て造られたとのこと。周りの黄葉は今が見ごろで素晴らしかった。

昼食後170㎞離れたドイツのアーヘン(ACHEN)に移動しアーヘンの市内観光後アーヘン大聖堂(最初にUNESCOの世界遺産に登録された)は中に入れずに外から見物した。

その後75㎞離れたケルン(KOLN)に到着し高さ157mの大聖堂を外から眺めて(明日再度見学する)から土曜日の夕方大混雑のショッピングセンターを散策した。物凄い大混雑の人出であった。

 

9日目 1116日(日)曇時々小雨 

09:00昨夜来の雨も止み昨夜立ち寄ったケルン大聖堂(DOM)に行く。高さ157m、奥行き86mの聖堂で1248年に着工し1880年に完成したゴシツク建築のカトリック寺院で「東方三博士の聖遺物」などなど。

その後ブリュールの世界遺産である「アウグストウスブルグ城(SCHLOB AUGUSTUSBURG BRUHL)」観光及び散策。名前が分からない鳥が数羽庭で餌をさがしていた。庭の黄葉がみごとであった。

165㎞離れたライン川沿いのリューデスハイム(RUDESHEIM)へ。途中の山々の木々が黄色に染まり見事であった。

ライン川(RHEIN)にある「妖精ローレライ」は何処ぞと期待するが・・・・。

ローレライにはいくつかの妖精の伝説があるそうだ。ローレライとは,不実な恋人に絶望してライン川に身を投げた乙女が水の精となった。彼女の声は漁師を誘惑し、岩山を通りかかった舟を次々と遭難させていったとのこと。妖精の銅像でも在るのではなかろうかと期待したが・・・・・・。

ライン川の水深は深い所では30mもある。川を渡るには橋はなく渡しフェリーで渡る。ライン川沿いにバスで通過し今回の旅の最後の「つぐみ横丁」(DROSSEIGASSE)に立ち寄った。

そのままファランクフルト・マイン国際空港(FLUGHAFEN FRANKFURT MAIN)に行く。ラウンジで9日ぶりに日本の新聞をみたら「12月衆院解散か」と大きく報じられていた。

帰りの機中で映画「めぐり逢せのお弁当」を観た。この映画は以前日本の映画館でみておりストーリは知っていた。以前観た時には弁当のことに気がいってしまったが今回見直すと「イラ」と「サージャン」の切ない恋物語であった。いつ老け込んだか「おじさん座りますか?」と電車で若者に席を譲られた時のサージャンの戸惑いや「夢をみさせてくれて心から感謝しているよ」とのサージャンからイラへの気持ち。なかなか良い映画だった。

 

10日目 1117日(月)曇

11時間半の飛行のあと定刻14:40に曇空の成田空港到着。 

 

 

今回の旅での感想

(1)  丁度10年まえの2014年⒓月にフランクフルトから「ロマンチック街道」観光をした時にいつかドイツの北方を旅行したいと思っていた。

今回ドイツの北方とベネルック(BENELUXBELGIUM,NETHERLAND,LUXEMBERG)を旅行でき、更に天候にも恵まれ満足な旅であった。

(2)  BENELUX3ケ国は古くから密接な関わりがある。3ケ国とも日本より桁違いに小さい国であるがそれぞれが個性的な魅力を持っていると感じた。

(3)  今年の春にクルージング旅行をした時に次回の旅行はクルージングか従来通りの旅行か迷ったがやはり従来の旅行をすることにした。ビジネスを利用したので12時間を超える飛行機の旅も十分に睡眠もでき、食事・飲み物などのサービスも良く、映画も大きなTV画面で観られ、他人にも煩わせられなかった。

(4)今回の旅に参加している男性の年齢は70歳代の方々が多いと見受けた。どのカップルも元気しゃくしゃくで多くの旅を楽しんでいるようだ。最近高齢者を対象としたビジネス利用の海外旅行が増えてきたようである。

 

これからどうしようかなー。

今回のBENELUXへの旅行でまだまだ外国旅行が出来ることが分かったので、次はロシアか、イタリアやフランスやオランダへのレピートか、昨年オバマ大統領の失政により出発当日に中止になったヨセミテを始めとするアメリカ西海岸の山々にもやはり行きたいなー。これらを実現するには「元気に歩ける」ことが絶対条件である。以上  平成262014)年118日~17日旅行中に記す。







「第二弾:撮影者:中久保 正弘 9点 終わり」
















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佐川さん
いつも素晴らしい写真を拝見し楽しませていただいています。
中久保さんの「旅の日記を添付」とありますが、アクセス方法を教えてください。
2014.12.03 12:12 | URL | ks #JyN/eAqk [edit]
KSさん暫くでした、実はワードで添付されて来ましたが、それをコピー&ペーストしたのですが、この拡張子ではアクセス出来ませんと出たために後回しにしました。
思案中です。 佐川
2014.12.03 13:24 | URL | 佐川 洋 #JyN/eAqk [edit]
> KSさん暫くでした、実はワードで添付されて来ましたが、それをコピー&ペーストしたのですが、この拡張子ではアクセス出来ませんと出たために後回しにしました。
> 思案中です。 佐川

☆KSさん、追加記事:旅行記も添付しました。
質問:文章そのものを掲載しましたので大変なボリュームなりました、できればアドレスで知らせて読みたい人はそのアドレスをクリックして読むようにするにはどのようにすれば良いかご教授お願いします。
2014.12.03 14:32 | URL | 関東支部写真同好会幹事 #- [edit]

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